海外滞在の記録~ホーチミンでのある1日~

青木 誠,戸田建設

 戸田建設の青木と申します。
 本工法の開発初期の段階から関わらせていただいておりますが、採用事例の少なさと、なによりも本協会技術部会への出席率の悪さ故、皆様にはご迷惑の掛け通しで、いつも申し訳ない気持ちで一杯です。
 気長に、末永くお付き合い頂戴できればと、切にお願い申し上げます。
 さて、今月のマンスリーコラムは、私が何やカヤと一昨年の1年間を通い詰め、通算で半年以上を現地生活したベトナムはホーチミンのある一日を現場への出勤を通じてご紹介しようと思います。
 文章表現力の乏しさと、貧弱な語彙ゆえ、写真主体に逃げておりますが、悪しからずご了承下さい。

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おはようございます!~早朝の市内~
 平日の朝6時頃、起き抜けにホテルの一室から見下ろした光景です。昼間の喧騒がウソのように静まり返っており、バイク(後出)もほとんど見られませんが、公園という公園では、多くの老若男女がひたすら歩く歩く!そのほかにも、バドミントンや太極拳、よくわからない体操(ラジオ体操みたいなヤツ)など、ひたすら運動しています。やはり、やはり気温の低い朝が狙い目でしょうか、昼間は熱中症も心配ですし・・・。ベトナムの朝は意外と早く、1日の中で、最も平和的な時間と言ってよいと思います。
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行ってきます!~車窓の光景:バイク!その1~
 朝食を終えると、クルマで現場に向かいます。初めてベトナムを訪れた方々が等しく驚くのがバイクの数と運転マナーでしょう。一説では、総人口8600万人に対して2300万台以上のバイクが走っているとのこと。年少者・老人を除けば、一人1台?とにかくそこら中から湧いて出てきます。このバイク、ただの移動手段だけではなく、貴重な輸送手段でもあります。ベッドのマットレスから大きなサッシ枠やガラス、長い笠木など、何でもバイクで運んでしまいます。夜になれば、どこに行くのか、遅くまで若者たちはバイクで走り回っていますが、「涼むため」との説は、真実味を感じずにいられません。
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車窓の光景2~バイク!その2~
 さて、そのバイクですが、3人乗りなどはザラで、中には5人(!)などというのも意外と日常的な光景だったりします。一般的な5人乗りの内訳ですが、前から、①上の子供(立席)、②お父さん(前席に着席、運転)、③真ん中の子供(両親に挟まれた状態)、④お母さん(後席に着席)、⑤末の子供(お母さんの背中)基本的には2人乗りまでが許される範囲のようですが、写真のような大人2人+幼児1人の場合は特にお咎めはないそうです。また、法改正以前の写真のため、ノーヘルですが、今は罰金モノ(最高20万ドン≒1000円、安!)です。
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車窓の光景3~渋滞~
 ご他聞に漏れず、街の中心部では朝に夕に渋滞な訳ですが、クルマに先ほどのバイク軍団が加わり、コトがややこしくなっています。基本的に車線を守ることにこだわりがない皆様ですので、3車線の道路に5台の車が並び、その間をバイクが埋め尽くす、これが標準的な交差点風景になります。バイク達は、たとえ赤信号であっても「行ける!」と思えば果敢に突入しますので、交差点はクラクションの嵐!また、フランス統治時代の名残なのか、幹線道路の交差点にはロータリーが多く見られます。この形式は、広い心と譲り合いの精神があって初めて成立するようで、その手の心にいささか縁の薄いベトナムの民だと、ほとんど無法地帯です。特にバイクは歩道は走るわ、勝手に逆送するわ、やりたい放題。
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車窓の光景4~建設現場~
 少し改まって建設現場風景など。市内の中規模の建物の典型的な現場風景です。足場は無く、仮囲いもあるような無いような、一応養生生ネットがありますが、直下を一般の人が歩きます。上下作業は当たり前、安全管理って何?といった状態で工事は進みます。作業員は安全帯などを使うこともなく、各自の勝手な判断で、その方が便利だと思えば、クレーンの足をよじ登ったりします。(それでも、罰則も無く、不思議と墜落事故は無いそうです)非常に華奢な柱+梁のRC造純ラーメン構造が基本で、壁は全て煉瓦積み+モルタル仕上げとなります。この現場は8階建てですが、超高層であっても外壁は煉瓦積みであることに変わりはありません。日本では考えられませんが、地震が無ければこれもアリかなと思えます。
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途中の街、BIEN HOA
 現場に向かう途中に通る町(市)です。ホーチミンを出てからは国道1号線を北に向かっていましたが、ここで東の方へ分岐し、51号線に入ります。ここは、ベトナム戦争当時、アメリカ軍の巨大な補給基地があったところだそうです。ホーチミンに限らず沿道の建物には西洋風の建物も多く、何となくいい感じです。先ほどの現場は角地の建物ですので、形が少し違いますが、一般には狭い間口と広い奥行きの建物が多く、その形状のまま10階建てがあったりします。(塔状比の高さたるや・・・!地震が無いってヤッパリいいことですねぇ)
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車窓の光景6~牧場~
 現場のあるロンタン工業団地の手前に牧場があり、ハリボテのウシが姿を見せます。牛乳、ヨーグルト、アイスクリームなど、乳製品がとても旨い!そもそも工業団地となる前は牧場であったとのことで、造成直後でまだ樹木の伐採も途中段階の時点で訪れた際には、至る所に牛の落とし物が散乱しておりました。ここは、ホーチミン周辺では比較的有名な観光地・海水浴場のあるブンタオへ向かう国道沿いですので、ドライブインのような施設もあり、休日は結構なにぎわいとなります。
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ドライブも終わり~工業団地に到着!~
 ウシのハリボテの先を右折し、ロンタン工業団地を目指します。国道から分かれ、工業団地に向かう道路は、交通量も少なく道幅もゆったり片側2車線の直線路中心になります。混んでいる国道との差は大きく、ついついスピードも上がりがちに・・・。道路には帯状の突起があり、スピードを抑えようとの明快な意思表示がありますが、それはそれ、あらヨッと越えていきます。後席に着席していると、間違いなく体が宙に浮きますし、時として頭が天井にぶつかったりします。
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終点!~現場到着です~
 ホテルを出発して約1時間、40kmほど離れた現場に到着です。お疲れ様でした!この1時間、疲れた体には貴重な休息時間で、車内は基本的には静寂な空間です。ここは、ホーチミン近郊でも新しい工業団地らしく、結構更地が残っていました。ベトナム政府は熱心に企業誘致を行っているようですが、当時、日系企業はこの現場だけで、それは今でも変わっていないようです。現場に仮囲いはなく、外構フェンスを本体よりも先に施工して内外の区画とします。

建物のご紹介とちょっと感想など
 最後に少しだけ、この建築計画をご紹介します。お客様にお断りしていないので、詳しい説明は避けようと思います。下の写真も少し手を加えていますが、ご了承下さい。建物は鉄骨造で、EXP.Jを挟みながら長辺266m×短辺70m、地上2階ないし3階の工場です。外壁は断熱金属パネルで、ベトナムにある一般的な工場(外壁折板貼り)とは一線を画し、たいへんきれいな外観をしています。(自画自賛、失礼しました)ベトナムでこの規模の建物を施工するのは、当社としては初めてのことで、設計も施工も関係者一同、とても苦労しました。どこでも海外は同じでしょうが、日本とは風俗、習慣、設計規準や計算方法、労働や安全に対する考え方など、あらゆるものが違っており、郷に入れば郷に従え、日本の常識を捨てないとうまく運びません。日本では、法や基規準類のハザマで金縛り状態で設計を行っていますが、逆に難しい判断はそれほど必要が無いように思います。一方、こうした国では法や基規準類は未整備で、結局担当者の判断が全てになります。日々、ハプニングの連続の中で、判断し、指示する難しさと怖さ、そしてチョッピリ楽しさを味わった一件でした。

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2010年8月

山歩き

新井寿昭,西松建設

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 いつも大変お世話になっております。西松建設の新井でございます。
 キャプテンパイル工法の開発から参加させて頂き、現在では協会の技術部会・施工部会でお世話になっております。
 このコラムを執筆させて頂くのは、2006年12月以来2回目になります。3年7カ月の間にはいろいろなことがありましたが、今回は「山歩き」について執筆させて頂きます。

 最近、いろいろなところで「山ガール」という言葉を目や耳にします。Googleで検索すると、約237万件!ヒットするほど流行になっているようです。そんな素敵な山ガールとは全く無縁なのですが、私も今年の1月から山歩きを始めました。きっかけは、会社の先輩からのお誘いでした。その時には、普段は机の前で仕事している事が多いことと、最近自分が「若くないな~」と感じることが多くなってきたこともあり、参加しようかどうか考えていました。しかし、宴会の席で酔って「行きます!」と宣言してしまった手前、引くに引けなくなりました。結婚前に本格的な登山をしていた妻に相談したところ、賛成してくれたことや、登山用のザックや雨具等についても妻のものがそのまま使用できた(サイズがぴったり)こともあって、靴だけ購入して参加しました。

 最初に連れて行って頂いたのは仏果山(仏果山登山口~宮ヶ瀬越え~高取山~宮ヶ瀬越え~仏果山~八州峰~半原越え~経ヶ岳~半蔵坊前:5時間くらい?)で、先輩方にしたら楽なコースだったようです。なんとか先輩方について登った山頂では、普段では味わえないような爽快感!を味わうことができました。しかし、次の日は節々が痛くて起き上がることが出来ませんでした(先輩方は楽なコースだったようですが・・・)。

 その後、ほぼ1カ月に1回のペースで山歩きに参加させて頂いて、相変わらず筋肉痛がひどいもものの、仕事にもはりが出るようになりました。写真は6月に行った塔ノ岳山頂での写真です。天気は快晴ではありませんでしたが、たくさんの登山者で賑わっていました。すぐ近くには横目で警戒しながら草を食べている野生のシカもいました。そんな景色を見ながらの昼食は最高でした。

 キャプテンパイル協会にも山歩きが趣味の委員の方がいらっしゃるようですので、機会があれば、ぜひご一緒させて頂ければと思います。
 今後とも、協会活動その他よろしくお願い申し上げます。

2010年7月

一期一会 ~キャプテンパイル工法の誕生~

許斐 光生,高周波熱錬,キャプテンパイル協会事務局長

 協会の皆様には協会設立以来大変お世話になっております。協会の事務局をさせて頂いています、高周波熱錬(株)(ネツレン)の許斐です。キャプテンパイル協会は2006年4月に発足しましたが、キャプテンパイル工法誕生の話をさせて頂きます。

 2004年1月、年始の挨拶回りに協会初代会長の鹿島建設設計部の吉松さんのところへ伺ったのが事の始まりでした。私はかねがね場所打ち杭用のウルボンを広めたいと思っており、一方吉松さんは場所打ち杭用の杭頭半固定工法を開発したいと思っていました。年始の挨拶は通常ノウアポイントで伺いますが、この時はたまたま日頃外出がちな吉松さんが在席していました。二人で雑談をしているうちに、杭の話となり杭頭半固定工法と杭用のウルボンを組み合わせるとお互いの長所を発揮できる工法を開発できるとの認識で意気投合しました。

 しかし、問題がありました。鹿島さんには開発にかかる数千万円の資金捻出が難しい。一方、ネツレンには工法を開発する知恵がない。そこで、鹿島さんには工法開発の知恵を絞っていただき、資金は各ゼネコンさんとの共同開発で調達することにしました。その時から、鹿島の吉松さん宮田さんはいろいろな工法アイデアを出し、私は共同開発に賛同していただける会社を探して毎日会社訪問です。

 1月から始めた会社訪問は3月までかかり、お陰様で8社の会社に賛同していただきました。現在の協会正会員会社10社です。2004年4月27日に初会合を開き、今の工法の形状を初めてオープンにしました。工法の名称を「キャプテンパイル工法」とし、いよいよ開発がスタートしました。

 私は以前鉄鋼メーカーで鉄骨用の鋼材や鋼管杭を扱っていました。一方、吉松さんは鹿島建設で高層RC住宅の構造設計部門で活躍されていました。当時の私からすると鉄骨用鋼材を販売する上でRC造の高層住宅の台頭は目障りでした。ところが11年前にネツレンへ来ると攻守逆転し、今度はRC造のウルボンを販売しなくてはならなくなり、S造やSRC造の建物が目障りとなりました。杭においても然りで、鋼管杭一色だったのが今では鋼管巻無RC場所打ち杭一色です。そうなると昔の吉松さんは“昨日の敵は今日の友”のことわざ通り私にとって大変な味方となりました。人の心理なんていい加減なものです。

 この度のキャプテンパイル工法の開発も今更ながら会社が変わったお陰で吉松さんと出会い、年始の挨拶でたまたま会えたことがキャプテンパイルと巡り会えたものだと思っています。工法開発が終わり、研究会が協会組織となり今や23社の大世帯となりましたが、社外のいろいろな方々と巡り会う機会に恵まれ感謝しております。昨年還暦を迎え今後、人との巡り会う機会が少なくなっていく折、人と人との出会いを益々大切にして行きたいと思っております。

2010年6月

GWを終えて

本間 誠,鹿島建設

桑名城址
桑名城址
伊勢亀山城址
伊勢亀山城址
伊賀上野城址(天守)
伊賀上野城址(天守)
伊賀上野城址(石垣)
伊賀上野城址(石垣)

 初めまして、鹿島建設の本間と申します。山形出身です。入社3年目です。未だ若輩者ですので、皆様におかれましてはご指導ご鞭撻の程宜しくお願いいたします。

 今回は私の趣味の一つである、城址巡りについて書きます。上司巡りではありません。子供の頃から戦国時代関係の小説やゲームが好きで、建築の道を志したのと相まって城を好きになりました。これまでに訪れた城は約60ヶ所です。今年のGWには(1人で)三重に行ってきました。抜粋して紹介します。

桑名城址:桑名といえば焼き蛤が有名ですが、敢えて桑名城址へ。遠足の子供達に揉まれながら散策してきました。長良川沿いに在り、水も豊かです。当時の遺構がほとんど残っていないのが残念です。

(伊勢)亀山城址:城下町特有の入り組んだ道と坂を抜けた先にあります。亀山城には丹波と伊勢の二つがあります。江戸時代、丹波亀山城を解体せよと命を受けた武将が勘違いして伊勢亀山城の方を解体してしまい、以後再建されなかったという切ないエピソードがあります。石垣の鄙びた感じがよいですね。

伊賀上野城址(伊賀文化産業城):忍者で有名な伊賀にある城です。伊勢・津藩32万石の大名であり築城家としても名高い藤堂高虎が設計した城の一つです(未完でしたが)。当時の売れっ子建築家ですね。ちなみに石垣の高さは日本で2番目に高い30m。熊本城などの反りのある石垣と違い、ほぼ直線的に石を積んでいく手法が採られています。

その他にも津城、松坂城、田丸城など多くの見所がありました。

 以上、自分の趣味を長々と書いてしまいましたが、城址巡りをしていると、城を触媒としてその土地の文化や風土に触れることもでき、気分転換にもなるのでとてもお勧めです。例えば今の季節なら、ハイキングを兼ねて八王子城などどうでしょう?(建築物は無いようですが)
皆様も、お気に入りの城を探してみてはいかがでしょうか。

2010年5月


富士山のご来光

浅見 孝志,伊藤製鐵所

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 伊藤製鐵所の浅見と申します。
 協会の皆様には日ごろより弊社製品をご愛顧いただき心より御礼申し上げます。

 一昨年の春、幼少期からの友人にこの夏「富士山に登りに行かないか?」と突然誘いを受け、軽い気持ちで「行こう!」と返事をしました。しかし、二人とも登山の経験は全くなく未知の世界で、日を追う毎に不安が大きくなっていきました。
 ただ二人とも「ご来光が見たい!」という思いが強く、初登山で無謀にも夜から登り始め、夜通し歩くという計画でいきました。
 道中、強風と真冬並みの寒さにさらされ非常に辛かったですが、何とか頂上にたどり着き目標であるご来光を見ることができました。登っている間は「もう嫌だ」「二度と登らない」と何度も思いましたが、ご来光を見た瞬間にそれらの思いは全て吹き飛び、ただただ感動していました。
 そして昨年も、一昨年はたどり着くことのできなかった標高3,776メートル地点に行ってみたいとの思いで再度富士登山に挑戦しました。
 今回は、前年と違い天候には非常に恵まれ快晴だったものの大変風が強く、またしても最高点にはたどり着けませんでした。
 今年も夏が近づくにつれて、ご来光の感動を思い出し、最高点到達への思いが日に日に高まってきており、最高点到達を目標に今年も富士山に登りたいと思っています。

20010年4月


多種多様

樋口 毅,宇部興産

犬
鳥モモンガ

 お世話になっております。宇部興産の樋口と申します。協会の皆様には弊社「U-グラウト」をご愛顧頂き有難うございます。
 何を書こうかと考えましたが、これといってコラムにするほどの趣味も無いので、我が家の十のメンバーを紹介します。
「ピッチャー、犬。イタリアングレーハウンド。長い手から繰り出す変化球は、イチローでも打てないでしょう。」
「キャッチャー、犬。ボストンテリア。大きな口でのキャッチングは、野茂のフォークも確実にキャッチング。」
「ファースト、鳥。ヒメコンゴウインコ。この嘴でベースに居られたら、清原でもビビッて、近寄れません。」
「セカンド、有袋類。フクロモモンガ。どんなライナーでもひとっ飛び。ちなみにショートもフクロモモンガ。世界一の二遊間。」
「サード、鳥。ワカケホンセイインコ。外野、鳥。オカメインコ三兄弟。」
「監督、ホモサピエンス。特徴・・・・無し。」
 多種多様の生き物が集まると、リーダーシップ能力が問われます。夏は4時に起きる(起こされる)毎日ですが、テキパキと特訓をして、出社しております。
 以上、「ヒグッチ野球軍」の紹介でした。

2010年3月

冬の動物園

佐護 行光,富士ピー・エス

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 先日、寒空の下、上野動物園へ遊びに行く機会がありました。動物園自体、前回はいつ行ったか思い出すことができないほど久しぶりでした。その日は時々小雨が混じる空模様で動物たちの吐く息は白く、観覧には多少きびしかったのですが、基本的に動物たちの動きは活発で、ぐったりして微動だにしない真夏の動物園よりおススメです。

 ライオン、トラ、コンドルそしてシロクマ等、大型の動物を楽しんだあとクジャクの檻の前を通りました。クジャクをみるといつも思い出す話があります。それはこういったお話です。

 オーストリアのシェーンブルン動物園に早く孵りすぎて、冬の寒さで仲間は皆死に絶えた中、唯一生き残ったオスのシロクジャクがいました。彼は生まれてすぐに当時では巨大なゾウガメの部屋に入れられました。動物園じゅうで一番あたたかい部屋だったからです。それからというもの、この不幸な鳥は自分のことをゾウガメだと信じて疑わず、一生の間ただこの無様な爬虫類に向かってだけ求愛し、あれほど美しいメスのクジャクの魅力(オスクジャクにとっては)にはまったくの盲目となってしまったのです。

 ノーベル賞受賞の動物行動学者ローレンツはこう言います。「衝動の対象をある特定のものに固定するこの「刷り込み」という過程にはやりなおしがきかない」と。

 人間にもきっとあるだろうやりなおしのきかない「刷り込み」(程度の大小はあれ)に、何とか客観視して気づければと思いますが、なかなか難しいようですね。

2010年2月

脳を鍛える?

山本 展久,矢作建設工業

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はじめまして、矢作建設工業、山本展久ともうします。
今回、コラムの依頼をいただき、何を書くか悩んだのですが、他の方々同様趣味に関する事について書こうと思います。私は入社3年目なのですが、社会人としてより多くの知識を吸収しようと一念発起し、この数年積極的に本を読むようにしています。そんな中から、皆さんにもお勧めの本の紹介をしたいと思います

今ハマっているのは脳科学者の茂木健一郎さんの本です。テレビにも良く出ている方なのでご存知の方も多いかと思いますが、この人の本が面白い。

なかでも紹介したいのが『脳を生かす仕事術』

仕事の遅い私は仕事の能率アップの方法を探しているのですが、この本に書いてある『タイムプレッシャー』という方法に感銘を受けました。この方法は、仕事毎に時間的制約をつけて集中して片付ける方法で、仕事の能率アップと脳の活性化を計れ一石二鳥の効果があります。

日々の業務のなかでまだ上手く取り入れられて無い部分も多いですが、上手く行くととても気持ち良く仕事が出来ます。

茂木さんは他にも生活や勉強方法についても本を出されています。そこにも興味深いことが書いてあります。読んでいるとやる気が湧いてくるような本が多いので本屋で見かけたときは少し見てみて下さい。お勧めです。

2010年1月

私のたのしみ

反町 幸太,ナカノフドー建設

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 お世話になっております。ナカノフドー建設、反町幸太と申します。
 今年の4月に、社会人となったばかりの新入社員です。
 右も左も分かりませんがこれからよろしくお願いします。

 皆様のコラムを拝見しましたが、趣味のことを書かれている方が多かったように感じました。私も社会人になってからカメラ、水泳、フリークライミングなどを始め、充実した休日を過ごしています。しかし、一番楽しいことはやはりお酒を飲むことです。
 先日、同期会で同期とお酒を飲んだので、その事を書きたいと思います。

 弊社の今年の新入社員は16人で、個性豊かで仕事に真面目な人たちばかりです。
 会社に入社してまだ8ヶ月という短い時間でありますが、仕事に慣れてきたもの、悩みがあるもの、やりがいを見出してきたものなど、それぞれいろいろな思いを持っています。
 同期会では仕事の悩みを話し合ったり、近況報告をしたりととても有意義な時間となりました。
 同期の話を聞いていると自分はもっと仕事を頑張れるのではないかと感じさせられます。

 会は7時から始まりましたが、居酒屋、居酒屋、カラオケ、と三次会まで続いてしまいした。カラオケのお店を出たときにはもう夜が明けていて、みんな眠そうな顔をしながら「じゃあ、また月曜日から頑張ろう」と励ましあい、それぞれの家路につきました。
 仕事が忙しい時期の人もいて、同期全員が集まることは出来なかったことは残念でしたが、とてもたのしい時間を過ごすことが出来ました。

 会社の先輩方の話を聞くと、ここ数年同期会をやっていないという話を聞きます。
 久し振りに同じ年に入社した、喜び苦しみを共に経験してきた仲間と飲むのも楽しいものです。
 皆さんもこの忘年会シーズンに同期会をやってみてはいかがでしょうか?

2009年12月

さぬき名物

沖野 旨郁,穴吹工務店

一番奥がお店です
一番奥がお店です
これで300円。安いです。
これで300円。安いです。

 当社の本社は香川県高松市、旧国名「さぬき」にあります。さぬきといえば名物なのがうどんです。映画になったこともありみなさまもご存じの方が多いのではないでしょうか。

 うどん屋の件数、密度は他県に比べてかなりのものと思います。場所的にも山奥や、写真のような民家の中の一つに店を構えているようなところなど、注意していないと見過ごしてしまうような場所にあるお店もあり、初めてのところは探す楽しみもあります。

 普段食べる回数もかなり多いと思います。香川県民は週1回必ず食べているのではないのでしょうか。これだけ食べていれば飽きると思われている方も多いと思いますが、これがなぜか飽きず、定期的に食べたくなってきます。不思議な食べ物です。

 お店の特徴としましてはセルフサービスのお店が多いことも他県とは異なるところかもしれません。うどん玉だけをもらい自分でゆでます。そして、ねぎやてんぷらなど好きなものをトッピングしてだし汁を入れて頂きます。中には、ねぎをお店の庭から自分で採ってきて自分で切ってうどんの中に入れるお店もあるようです。このようにトッピングによって違った味を楽しめることが飽きない理由の一つかもしれません。

 ここ数年、週末や連休は他県からも多くの人がやって来るようになりました。有名なお店に行くと他県ナンバーの車ばかりが目に付きます。最近は週末の高速道路1000円の影響もありその数も増しているように思います。中には観光バスで来られる場合もあり、回転率が良いうどん屋ですが1時間から2時間待たないと食べられないお店もあるようです。写真のお店では並んで40分後ようやく食べることができました。

こんな魅力たっぷりなさぬきうどんを高松にお越しの際は、皆さまもぜひご賞味ください。

2009年11月

米沢・会津へ

川幡 栄治,東亜建設工業

伝国の杜
伝国の杜
上杉神社
上杉神社
直江兼続屋敷跡地
直江兼続屋敷跡地
鶴ヶ城
鶴ヶ城

 今年の夏季休暇で米沢・会津に旅行をしてきました。現在放映中の大河ドラム天地人に影響され、上杉の地に行ってきました。本来は上杉発祥の地である春日山の上越市などの方面に旅行をすれば良いのですが、上越方面に行くための高速道路は渋滞が激しいと思い、渋滞が少ないと思われた常磐道の郡山経由で上杉最後の地である米沢に行ってきました。ドラマを見ている方はご存知だと思いますが、春日山の北陸地方に住んでいた上杉が豊臣秀吉により会津に国替えされ、秀吉の死後、石田三成を倒した徳川家康によって、上杉は会津から米沢へ減移封されてしまいます。

 よって米沢には、上杉神社や上杉謙信の銅像等もあり、文化施設の「伝国の杜」にて天地人博の開催もしていました。大河ドラマの影響もあり観光客で賑わっていたのは、言うまでもありません。

 その日の内に米沢から会津まで車で移動し、東山温泉に一泊し、翌日は、会津若松城(鶴ヶ城)等の観光をしましたが、ここでも天地人の垂れ幕が張り巡らされており、観光客で賑っておりました。会津では、鶴ヶ城の観光ガイドがついていましたが、ここでも、直江兼続の話で案内が始まります。直江兼続の屋敷跡地にも案内されました。

 会津といえば、幕末に旧幕府軍と新政府軍が戦った戊辰戦争で活躍した白虎隊が有名だと思ったのですが、会津若松城の展示室には、上杉が構築しようとした幻の城神指城のCGも作成され放映されており、上杉をテーマにした展示が主体になっている感じがしました。白虎隊はどこに行ってしまったのでしょう。確か会津には、3年程度しか上杉が住んでいないのですが、すでに、会津は上杉の地となっていました。NHKの大河ドラマの影響が、こんなにも大きいものと改めて感心してしまいした。興味がある方は、ぜひ行って観て下さい。

2009年10月


夏の想い出

五十嵐 賢次,福田組

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 普段は新潟で勤務しているのですが、月1程度で東京に出張します。時間に余裕があると、マニアックなCDショップで新品をチェックしたりするのですが、先日はお台場に行ってきました。やっぱり『ガンダム』をこの目で見ておくべきだと思ったのです。

 新潟ではリアルタイムで放送されなかったのですが、高1の春休みに映画化され、その後の映画3部作を見て、ようやく全体像を理解しました。宇宙植民地からの独立戦争の物語なのですが“ニュータイプ”という言葉が用いられ、当時流行した“新人類”と併せて何か新しい時代が始まる予感がビンビンと感じられ、“ひょっとしたら自分も覚醒するのでは”と密かに思い大学時代を過ごしたのです。

 改めて物語を振り返ると、これまでの勧善懲悪ものでない新しい視点で作られています。戦う相手がいる以上、主観的にこちらが正義で相手が邪悪という図式になるのですが、お互いの視点が存在し俯瞰的に物語が進んでいきます。この捉え方は“他者を認める”という相対的かつ客観的な土壌のある、極めて日本的な思想が影響されているものと解釈しています。

 当日は公園に近づくとガンダムの立ち姿に興奮し、早速周囲をまわって写真を撮りましたが、暑くて人だかりも多く日射病にかかるかと思いました。木陰を見つけて一休みしながらガンダムの後姿を眺めていると、色々な思い出や感情が溢れてきて、しばらくは幸せな気分に浸ることができたのです。

2009年9月

趣味の伝承

古垣内 靖,東急建設

我が家のジオラマ(1)
我が家のジオラマ(2)

 大変お世話になっております.東急建設の古垣内と申します.

 このマンスリーコラムを書くにあたり,皆さんのコラムを読ませていただきました.特に趣味のお話が気にかかり,皆さん仕事のみならず趣味にも没頭している様子が感じられました.

 さて,私の趣味は,「軟式テニス」,「軍艦」,「鉄道模型」,「カメラ」などがあります(大半が趣味といえない程度ですが・・・・).

 その中で,「鉄道模型」について少しお話したいと思います.「鉄道模型」との出会いは小学校2年生のお正月でした.父に連れられ百貨店のおもちゃ売り場にいくと,私の意志とは関係なくお年玉が全て鉄道模型(Nゲージ)に変わったのです.私の父は五人兄弟の四男で,長男が持っていたドイツ製の鉄道模型を触ることすら許されなかったらしく,その思いを自分の子供のお年玉で実現したのでした.小学2年生にとって高価な鉄道模型は,父のいる時しか見たり触ったりすることが許されませんでした.やがて小学校4~5年生くらいになると,ブルートレインブーム等もあり,自分自身の趣味になりました.小学2年生から大学卒業までのお年玉の90%以上が鉄道模型に化けました.

 いま思うと,怖い父とは鉄道模型等の趣味のときだけ楽しく会話した気がします.世代が移り私の息子が小学生になったとき,初めてコレクションを見せました.私も父同様,基本的には私がいる時しか鉄道模型に触らせませんが,いまや共通の趣味になろうとしています.私は旧国鉄派,小2の息子は小田急&ジオラマ派で,週末はジオラマの作成や車両改造・走行などを楽しんでいます.そうなんです.父の趣味が息子の私に,そして私の息子に伝承しているのです.

 親子共通の趣味の利点:子供をだしに趣味ができる.親子の会話が弾む.
 親子共通の趣味の欠点:根こそぎ持っていかれる可能性がある.

 皆さんのところはいかがですか?

2009年8月

季節は違いますが・・・

本波 英樹,鉄建建設

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 今の季節とは違いますが、私は、毎年、初日の出を見るために、東京の御岳山に登っています。元々山登りの好きな方がいて、それに誘われたのがきっかけですが、私自身は山登りの趣味はなく、したがって、山に登るのは、元旦の1回きりです。

 それはともかくとして、御岳山は頂上に神社もあり、麓から頂上までケーブルカーもあるため、元旦にはたくさんの人でにぎわっています。御嶽山に登る人の9割はケーブルカーで登るため、私たちのように徒歩で登る人はわずかです。

 朝4時頃に麓から真っ暗な中、懐中電灯をつけて3~6人ぐらいの人数で1.5時間~2時間かけて頂上まで登っていくのですが、登っていくにしたがって、寒さも気にならなくなり、頂上に着く頃は暑いぐらいとなります。

 頂上に着くと茶屋で一服し、初日の出の時間まで待つのですが、実は、徒歩組の他にケーブルカー組いて、総勢10~15人程度となり、その中には、年に1回しか会わないような人もいて、さながら同窓会のようになります。

 6時45分頃に初日の出が見られますので、初日の出の見える所へ移動し、寒い中、初日の出を待っています。太陽が少しずつ昇って行く時間はそう長い時間ではないはずですが、それを見ているずいぶん長い時間に感じます。また、初日の出の光景は非常にきれいなものです。それと同時に、「今年も一年が始まるのだな」言う気持ちになります。初日の出を拝んで願い事をし、その後に御嶽神社にお参りします。神社の方も、ケーブルカーがあるとはいえ「山の頂上によくこれだけの人が来るものだ」思うほどの人がいます。初日の出の他に神社にも同じように願い事をして、下山してゆきます。

 年に1度の登山ですので、次の日は全身筋肉痛となりますが、あの初日の出を思い出すと、また来年も行こうかと思ってしまいます。

2009年7月

6月に入って・・・

三枝 輝昭,大末建設

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 日本の旧暦では、6月のことを水無月と申し、「水の無い月」なんて意味合いが感じますが、実のところ「田植えが終わり田んぼに水を張る必要がある月」なのだそうです。英語ではJuneといいますが、これはローマ神話のジュピターの妻、ジュノンから取られ、この神が結婚生活の守護神であることからJune Brideと呼ばれるようです。季語では葵(アオイ)、アイリス、菖蒲(アヤメ)、ラッキョウなんかも季語だそうです。

 この時期の花といえば何といっても紫陽花です。土壌のアルカリ度、酸性度により花の色が紫やピンクに決定されるこの花はこの時期とても美しい花です。この花を見るには鎌倉なんて最高でしょう。鎌倉の中でも私のお勧めは明月院。これから梅雨に入り、じめじめとした天候に見舞われますが、この時期になんともいえない清涼感のある青い紫陽花なんて美しいですよ。寺には紫陽花だけでなく、竹林なんかもあって風情があります。

 個人的に、昨年は春、夏、秋、冬と四季を通じて4回この寺を訪ねましたが、何時も庭の手入れがされていて、冬でも客足が耐えないのは常に維持管理されている事にあるのかな?なんて思っちゃったりします。あまり日のあたることの無い裏方の庭師にちょっぴり感謝したくなるようなそんな明月院に、この時期、皆様も足を運んではみませんか?・・・ちなみに私は明月院の宣伝部ではありません。

 話は変わりますが、弊社は2007年4月よりキャプテンパイル協会の準会員としてお世話になっております。今年で3年目ですが施工実績といいますと残念ながらいまだ未施工で実績がないのが現状です。なにはともあれ今年度、キャプテンパイルのドアを開き、中に入って、「新しい発見をしたいな」と考えております。

2009年6月


まさかの出来事

埋田祐介,淺沼組

 今年の2月初旬、近所のショッピングセンターでの出来事でした。買い物中にふと財布を開けて普段滅多に見ることの無い自動車の運転免許証を眺めると、表に記載されている有効期限がなんと1年近く(11カ月も)切れていたのです。勿論、免許を取得して10年以上そんな経験は無かったので、免許がどうなってしまうのかという知識もなく、動揺しながらも頭の中では手続き等は大変になるだろうがどうにかなるだろう(更新できるだろう)と都合のいい方向に考えながら買い物を済ませ帰宅しました。

 帰宅してすぐにインターネットで調べると、不安は的中し免許は失効してしまうという結果に一瞬呆然となりました。少し落ち着いてさらに詳しく調べるとうっかり有効期限が切れて半年以内の場合は試験場での手続にて更新可能で、半年を超えて一年以内の場合は試験場での手続きで仮免許証の発行が可能(ただし本免学科試験・技能試験の受験が必要)、一年を超えると完全に免許取り消しということが分かりました。 
 私の場合は期限切れ後ぎりぎり1年以内で気がついたので、完全な免許の取り消しという最悪な事態は避けられたので、今になって考えるとこの点については不幸中の幸いだったと思っています。

 そもそも今回の大失態は、2年程前引っ越した際に住所変更の手続きを怠っており、通常免許更新の時期に届くはずのお知らせ(免許更新の)ハガキを受け取れなかったことが原因でした。

 ということで、2月末に府中運転免許試験場で免許証の失効手続きを行い、仮免許証を発行してもらいましたが、私のようにうっかり失効して手続きに来ている人が他にも何人か居たことに驚いたと同時に少し気が楽になった感じがしました。

 本免許を再取得するには指定教習所で2段階から入校して卒業する方法と本免学科試験と技能試験を試験場で受験する一発免許の方法がありますが、もちろん時間もお金も無いため難しいのは承知の上で後者の方法を選択せざるを得ませんでした。
 とりあえず本屋で薄い学科試験対策問題集を購入して一通り問題を終えた後、3月中旬に学科試験を受けました。試験は100点満点中90点以上が合格で、試験を終えた時の手ごたえはいまいちでしたが無事合格しました。おそらくギリギリの点数だったと思います。万が一落ちたら再度受験料が掛かり妻にも怒られるという小さなプレッシャーからとりあえず解放されてほっとしました。
 残るは試験場での技能試験ですが、10回以上落ちる人もざらに居るという話もよく聞きますので、1発合格はなかなか難しいとは思いますが、インターネット等で情報を収集し、学生時代に教習所で教わったような安全確認の方法などの忘れかけていた記憶を思い出す作業を行い、週末には妻を教官にして公道で何度か練習をしました。     
 来週の5月中旬に技能試験の予約をしており、何とか1回での合格を目指して頑張りたいと思います。

 もう2度と経験したくないようなことですが、今回の失態で免許証の大切さや安全運転の再認識ができたということはプラスに考え、免許が再取得できたらこの経験を是非生かしたいと思っています。
 皆様、免許は大切にして下さい。

2009年5月

義愛

長澤 秀樹,植木組

天地人博
毘沙門天像
出店
夜桜

 こんにちは。植木組の長澤と申します。キャプテンパイル協会の部会メンバーではありませんが、マンスリーコラムの執筆することになりましたので、よろしくお願いします。

 さて、植木組本社のある新潟県では今、「義」と「愛」で溢れています。大河ドラマの影響でしょうが、右をみても左をみても義・愛・天地人の冠が付いている感じです。
 皆さんは直江兼続という人物をご存じでしたでしょうか。越後の武将といえばやはり上杉謙信、軍師は宇佐美定満でしょう。私は新潟生まれですが、跡取りの養子・景勝は知りながらも、その軍師・兼続までは大河ドラマが話題となるまで知りませんでした。
 そこで、上越市では「越後上越天地人博」なるものが開催中なので、娘を連れて行ってみました。場所は北陸道上越ICで下りてキャプテンパイル採用のマンションを左手に見ながら北に向かい、上越市立水族館の隣です。駐車場は他県ナンバーの観光バスがいっぱいでした。館内はまず毘沙門天が出迎えてくれ、ドラマの登場人物の紹介(俳優さんのパネルは撮影NG)や舞台セット、上杉家の歴史などが展示されています。来館者が多い割に通路が狭いのでゆっくりと解説文を読んでいられませんでしたが、十分楽しめました。でも、やっぱり越後の英雄は上杉謙信ですね。景勝・兼続は会津や米沢での活躍ほうが大きいようです。

 夜には日本三大夜桜といわれる高田公園に行ってみました。こちらも知識不足で他の2つを知らなかったのでWikipediaで調べてみました。
 三大夜桜:「高田公園」「円山公園(京都市)」「丸山公園(長崎市)」だそうです。
出店の数が日本三大なのかと思いましたが、桜も満開でとても綺麗でした。毎年この時期の夜はまだ寒いのですが、今年はとても暖かく花見には最適でした。

 今度は上杉家の居城・春日山城やドラマで与六(兼続)が「本当にこんな所、来とうはなかった!」と言っていた雲洞庵などを巡ってみようかなと思います。皆さんも地元の歴史・文化に触れてみてはいかがでしょうか。

2009年4月



超高層建物への憧れ

小田 稔,三井住友建設

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 私は小学校の卒業文集で、大人になったら大工さんになりたいと書きました。また、実家の増築の際には大工さんの後を追いかけ、木屑をもらってはいろいろなものを作って、楽しみました。少し大きな木を頂いた時に椅子を作りましたが、大工さんが仕事で脚立代わりに使い、見るのも無残な姿に壊れてしまいました。その当時から構造的センスはなかったのかもしれません。
 大学では建築学科に進み、兵庫から東京に出てきました。一人暮らしを始めた場所が池袋に近いこともあり、サンシャイン60(60階,239.7m,当時日本一)を見て感動し、その後、東京にある超高層を見て歩き回りました。当時、一番好きだったのが、赤坂プリンスホテルで、最近その構造設計者と仕事をさせて頂いており、感動する日々が続いています。
 大学の卒業旅行では、世界一の超高層を見に行こうと、往復の飛行機だけを確保して、一人で2週間ほどニューヨーク、シカゴへ行き、来る日も来る日も建物を見て来ました。ワールドトレードセンター(110階,411m)、エンパイアステート (102階,381m)、シアーズタワー(108階,442m,当時世界一)、ジョンハンコックセンター(100階,344m)等です。ワールドトレードセンターの展望台の北側では、ローワーマンハッタンの超高層を越えるとグリニッジビレッジあたりの低層建物が広がり、ミッドタウンでまた超高層が集まり、その先にセントラルパークが見える風景が今でも忘れられません。旅の疲れや緊張感から解放され、1時間以上眺めていたような気がします。
 会社に入ってからは、主に超高層に関わる技術開発、施工、設計を担当させて頂いています。昨今は未曽有の不況になり、先行きが不安で暗いニュースが多くなっていますが、いつまでも夢を追い求め、(自分の中で)世界一の超高層を手がけられればと思います。その際には、かならずキャプテンパイル工法を採用したいと思います。

 協会の活動を通じ、様々な方からご指導頂き、本当にありがとうございます。協会に少しでも貢献できるよう頑張りたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。

2009年3月

仲間は大切

堀越章仁,松井建設

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 お世話になっております、松井建設の堀越と申します。協会発足当初より参加させていただき、皆様には多大な御指導と御鞭撻をいただき大変感謝しております。

 今回のコラムには、何を書けばよいのか悩んでおります。私の趣味について書きたいと思います。私の趣味は釣りです、夏と秋は渓流や湖、冬や春は海へと出かけております。魚が餌をくわえて感触が手元に伝わってきた時のどきどき感や、もし取り逃がしたらどうしようという不安感が非常に普段の私生活では味わうことの出来ない醍醐味ではないでしょうか。釣った魚を自慢できる友人がいれば嬉しさ倍増です。

 ・・・と書いている途中で、普段の仕事で似たような経験があることに気が付きました。それは、建築確認申請です。私の仕事は構造計算を行うことなのですが、最近の確認申請が厳密になったのと、適合性判定と呼ばれる審査が開始されたため、この制度の運用開始当初はどのような難しい質疑があるのかと、どきどきしながら「適合するかどうかを決定することができない旨の通知書」を受け取っていました。そのような時も、会社の人や構造設計事務所の人などに愚痴を言ったり、意見を聞いたりしながら問題を解決するうちに緊張から解きほぐされるのを感じます。

 どの様な遊びや仕事でもそうですが、一緒にその時を過ごしてくれる仲間が私には大変重要で、貴重であると常日頃感じております。以前、私の上司である大西に言われたのですが「常日頃より謙虚に行動し、関わってくれた人に感謝を忘れないこと。」という言葉を胸に刻み込んで、日々頑張っていきたいと思っております。
 皆さま、今後とも宜しくお願いいたします。

2009年2月

下手の横好き

細井 泰行,五洋建設

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 協会の活動を通じて、様々な方よりご指導いただきまして本当にありがとうございます。協会に少しでも貢献できるよう頑張りたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。

 さて、コラムですが、実は、3年ぐらい前にデジタル一眼レフカメラを買いました。もともと大きなカメラは嫌いで、コンパクトデジカメを買おうと思っていたのですが、型落ちの一眼があまりに安かったので、ついつい買ってしまいました。コンデジは結局買わずじまいなので、なにかあるときは、小さいのが欲しいと思いながらも、重いカメラを持ち運んでいます。
 カメラを買って変わったことといえば、青い空や花や虫といったものを見るとついつい、「おっ、今日はきれいだなぁ」と思うようになったことでしょうか。特に青空がきれいに撮れると評判(?)のカメラだったので、晴れた日には子供をつれて外に出たくなります。「カメラより断然ビデオ」と思っていたのですが、一瞬を切り取るというのも動画にはないよさがあります。
 また、撮った写真は、気に入ったものにコメントをつけて葉書に印刷し、我が家用だけでなく愛媛の実家にも送っていますが、これが大好評!単発で終わるつもりが、かれこれ3年ぐらい続いています。腕の無さは折り紙付きですが、3歳の次男も、ハイハイのころから大好きで、家のプリンターで印刷していると、みんな写真を見にぞろぞろ集まってきます。愛媛の実家でもポストを何度も見に行くそうで、ファンの期待にこたえるうちに、はまってしまいました。このまま、続けられれば、日記としても大作ができそうです。

 下手の横好きとはまさに自分のことですが、協会の方で写真が好きな方がいらっしゃいましたら、是非、声をかけてください。(写真は、青空が撮れた鯉のぼりと、アルバムを見てよろこぶ次男です。)

2009年1月

私の好きな風景

熊谷正樹,長谷工コーポレーション

春の南湖。奥にそびえる山は那須連山です。
春の南湖。奥にそびえる山は那須連山です。
樹齢200年の桜
樹齢200年の桜
夏の南湖
夏の南湖

 私の好きなの風景を紹介します。私の実家(福島県白河市)の近所にある南湖公園です。南湖公園は、1801年に当時の白河藩主松平定信が庶民の憩いの場として造園した日本最古の公園で、湖畔には約800本の桜の木やツツジ・松・嵐山の楓などがあります。

 春は桜満開となり、夏には睡蓮が、冬には白鳥が舞い降りる私の一番好きな場所です。若い時分は早朝にでかけて湖畔をジョギングしました。現在でも月に1回~2回実家に帰りますが、その度に散歩や趣味の武術の練習で抜刀等をしています。

 白河は、松平定信が26歳で藩主になった当時は天明の大飢饉でした。定信は関西地方に使者を出して食料を大量に買いこんで人々に施されたため、白河藩からは飢饉による死者を一人も出さなかったといわれています。また、身分制度の厳しい時代ながら南湖公園を一般庶民にも開放しました。

 ゴルフ等で近くにきた際は、ぜひたち寄ってみて下さい。 

 最後に、キャプテンパイル工法についてですが、2005年12月に評定を取得してから3年が経過しました。この3年間は活発な改善提案活動があり、設計では選択肢が増え、施工においては施工性が向上し、キャプテンパイル工法は進化しました。今後も、協会加盟会社22社の熱意が新たな発見・ひらめきを生むでしょう。今後の協会の発展を楽しみにしています。

2008年12月


1枚の楽譜

堀田 潔,飛島建設

 当協会に当初から属しておりながら、未だ施工適用案件がなく心苦しく思っております。何とか1件は実現せねば。

 さて、私は中校生の頃から楽器に親しんでおりますが、高校の時に一度だけ友人に見せてもらって気になっている楽譜があります。
 それは、1枚の楽譜をテーブルの上に置いたとして、一方から見るとある旋律が書かれており、テーブルの反対側に座っている人もそのまま見て(つまり逆さまに見ても)音楽として成り立っていて、2人同時に演奏するとちゃんと曲になっているというものです。
 面白い楽譜があるものだなあと思ったものの、その友人とはその後音信普通になってしまったのですが、最近なぜか思い出して、インターネットで検索している内にその楽譜に出会う事ができました。(サイトで演奏を聞く事もできます)
http://www5b.biglobe.ne.jp/~simomac/kanon.htm
 まあ名曲とまでは言えませんが、それなりにまとまった曲にはなっているようなので、今所属している楽団の演奏会の時に、話題提供のつもりで演奏してみようかなどと思っております。
 話題は更に私事になりますが、私の妻も楽器をやるので、結婚当初には、こんな曲があるので日曜の朝にでもテーブルをはさんで2人で演奏しようなどと話していたのですが、以来30年近く何もやろうともせず全くの企画倒れになっております。これを機に少しはケアせねば。

 では、皆さま今後とも宜しくお願い致します。

2008年11月

普通に見た楽譜反対から見ると
普通に見た楽譜                        反対から見ると

つくばスタイル

舟木秀尊,奥村組

ホノルルマラソンのゴール風景
ホノルルマラソンのゴール風景
完走証(2000年)
完走証(2000年)
朝のジョギングコース(某公園)
朝のジョギングコース(某公園)

 キャプテンパイル工法への参加は、2004年4月27日の全体会議からとなります。以来、工法開発、評定取得、協会設立と発展する中、様々な方との出会いがあり、昼に夜に刺激を受けつつ、今は企画部会で活動させていただいております。

 さて、東京で生まれ育ち、東京で学生生活を送り、東京で就職。そんな私が建築設計部から技術研究所へ転勤となり、つくばで生活するようになって12年以上が過ぎました。TX(つくばエクスプレス)の開通と共に、田園風景がアッという間に高層マンションや大型ショッピングセンターに取って変わり、最近の筑波研究学園都市には隔世の感があります。そんな中、“つくばスタイル”という言葉を最近よく耳にするようになりました。つくばエリアは、「都市」・「自然」・「知」がバランスよく融合し調和した地域、さまざまな研究所が集中している知的な環境の中で都市の利便性と豊かな自然、これらの魅力をあわせて愉しみながら、自分の希望に合わせて、住み、働き、学び、遊ぶ。そんな知的な田園都市生活が“つくばスタイル”だそうです。

 ある日、つくばスタイルな人のコラムを読んでいると、“一日の生活はジョギングからスタート”という言葉が目にとまりました。私がホノルルマラソンを完走したのも今は昔2000年のこと、脱メタボの目的もあって、ヨシッ!つくばスタイルを実践してみよう!!とジョギングから一日をスタートする生活を始めてみました。それから3ヶ月、今でも雨の日以外は平日5キロ、休日10キロのジョギングを続けています。そのおかげで勤務中の集中力は高まり?、さらには5キロのダイエットにも成功。10月に入って朝の冷え込みが増してきましたが、気持ちを奮い立たせて早起きを続けています。先日、つくばマラソンと東京マラソン(10キロの部)に申込みをしたところですが、いつかまたホノルルで走りたいという想いも膨らむ今日この頃です。

 最後になりますが、「人と自然を、技術でむすぶ。」という当社のキャッチコピーがあります。これは100周年記念事業の社内公募において1808点の応募の中から選ばれた私の作品です。このキャッチコピーを実践すべく、キャプテンパイル工法を“掘削残土削減により環境負荷が低減できる工法”として提案していきたいと思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。

2008年10月

世界遺産登録を願って

石丸達朗,戸田建設

 本協会も、08年9月時点で正・準会員19社、賛助会員3社と、発足時の2倍を超える会員数となりました。賑やかになり、様々な会社の方との交流を楽しみに活動させていただいております。これからも半固定工法のトップランナーを目指して発展させていきたいと思っておりますので、宜しくお願い申し上げます。

 さて主題のコラムですが、先筆のコラムを拝見しておりましたら、ある写真に目がとまりました。それは、今年2月の東亜建設工業加々良様のコラムにある、天草の教会の写真でした。
 これは鉄川与助という棟梁が設計施工した物です。与助の本拠地である五島列島のほか、長崎県内を中心に多くの与助の作品が残っており、与助が建てた教会を多数含む「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が、現在、世界遺産の暫定リストに登録されています。
 詳しくは下記のHPでご覧いただけますが、隠れキリシタンや踏み絵などの長い弾圧を受けた鎖国時代を経て、その呪縛から解かれた信徒の教会建設への情熱に心を打たれた与助は、ド・ロ神父などから指導を受けつつ、独学で勉強して建てたと書いてあります。
長崎県HP  http://www.pref.nagasaki.jp/s_isan/top.html
鉄川与助HP http://www1.odn.ne.jp/tetsukawa/

 最後に、麻生首相と同じような祖先の話で甚だ恐縮でございますが...^_^;
 実は、この鉄川与助は私の親戚(曾祖母の兄)でありまして、長崎方面へお出かけの際には、世界遺産本登録を願ってお立ち寄りいただけると、大変有り難く存じます。

2008年9月

育てる楽しみ

武内義夫,西松建設

真鯉
真鯉
草魚
草魚

キャプテンパイルには開発当初から参加させて頂き、お礼申し上げます。

 さて、趣味の話をさせて頂きますが、自宅で魚を飼っています。10年程前、体長約10㎝の真鯉と草魚を複数匹入手しました。その後、自ら水槽からドロップアウトしたり病気にかかったりで、今では体長30cm程度に成長しましたが、1匹ずつになりました。体が大きくなったので、水槽1つに魚1匹がちょうどよいバランスです。
 以前は、犬を飼っていたこともありますが、現在の私の生活環境では、時間的にも魚を飼うのが精一杯です。長らく飼育していますが、やはり環境を良好にすることが大切です。まずは十分なエアの供給、水質確保、適量の餌の投与が重要です。また、屋外で飼育する場合、夏場の水温が高くならないような配慮が必要になります。また、野良猫の襲撃にあったりしますので、水槽は確実に防護する必要があります。
 我が家の真鯉と草魚との習性の違いは、餌の採取の違いに現れます。口の構造的な違いもありますが、真鯉は私が水槽に近づいただけで、水面近くに寄ってきて口をパクパクさせ、旺盛な食欲をアピールします。一方、草魚は警戒心が強いのか、直ぐには餌に飛びつかない傾向があります。また、冬場に水温が低下しても、真鯉は刺激に対して反応しますが、草魚は冬眠したようにほとんど動かなくなります。
 世の中には、観賞用の高価な熱帯魚や珍魚も多数おりますが、身近な淡水魚も結構かわいいものです。今後も、末永く飼育ができればと思います。

 キャプテンパイルも、関係者の皆様の愛情により、さらに成長発展していくものと確信いたしております。今後とも宜しくお願い申し上げます。

2008年8月

高所恐怖症

若松勝豊,高周波熱錬

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 キャプテンパイル協会の皆様には、高強度せん断補強筋『ウルボンスパイラル』をご愛顧頂きありがとうございます。

 高強度せん断補強筋ウルボンの営業を生業にしているため仕事柄、超高層マンションに関わる仕事が多く、最近では50階超の200mクラスのマンションにも納品しています。

 ところが私はいわゆる『高所恐怖症』で、高い所が滅法苦手で建設中のマンション工事事務所には行くのですが決して工事用エレベーターに乗ることは無く、商品クレーム等を決して起こさぬように逆の意味でモチベーションを高め事に当たっていました。

 先日部下の商品知識向上のため、27階まで建設中のマンション見学会に同行することとなり、覚悟を決め、生まれて初めて工事用エレベーターに挑みました。

 幸い近隣住民の方との協定で、エレベーターはマスキングされさほど怖く無かったのですが、停止し始め『ガタン』と揺れた時に運悪く、通風口から下の景色が見えた瞬間、メデューサに睨まれたが如く、足下から石化が開始し、体温低下・心臓の鼓動上昇・動悸・めまい・立ち眩み恐怖はピークを迎え、出入り口の引き戸を開けてもらい飛び跳ねるように建物内部に入り、平常心を取り戻しました。因みに下りは階段を利用し、徒歩で降りたことは言うまでもありません。

 こんなヘタレなのですが、何故か国内の有名観覧車SKY DREAM福岡(120m)、お台場大観覧車(115m)、天保山大観覧車(112.5m)等の乗車経験があり、特に大阪HEPFIVE(106m)の観覧車は建物の上にありあまり高くないと安心したのですが、頂点を過ぎた頃に恐怖ピークを迎えます。

 食べ歩きが好きなためカレッタ汐留や恵比寿ガーデンプレイスに行く機会があり、景観の好いエレベーターが難敵で如何にテンションを下げずに目当てのお店に行くか、美味しい物にありつくのも一苦労です。

 因みに世の中には空中レストランなる地上50mでお金を120万も払って、食事をする理解不能な人々もいるようで私にとっては最高の罰ゲームになりそうです。

 工法の開発途中より参加させて頂き5年目を迎え、記念すべき施工実績1000本突破、次期目標1万本を目指し微力では有りますが協会事務局として普及活動に邁進してまいります。

追伸:協会設計者の方々で、エレベーター・観覧車を設計される機会が有りましたら、高所恐怖症用ボタンを押すことでガラスがマスキングされる等の配慮を切望します。

2008年7月

ちょっと一息

斉藤 一,鹿島建設

ジュネーブ
ジュネーブ
スイス山岳鉄道
スイス山岳鉄道
モンブラン
モンブラン

 鹿島の子会社のアルテスに3年間出向していましたが、昨年の10月にスイス経由で建築設計本部に戻りました。杭頭半固定工法は、約7年前の本工法の開発当初から係ってきましたので、キャプテン協会の活動には遣り甲斐を感じながら楽しくやって行けそうです。

 突然、話はスイスに戻りますが、スイスは以前から行きたかった国でした。ジューネーブから鉄道に乗り1時間もすると写真のように夢のような装いの風景が広がり、窓を開けて夢中でシャッター押し続けていました。なんで、雑草がないのか不思議で仕方がありません。モンブランへはシャモニーまでバスで行きロープウェーで約3,000Mの所まで行けましたが高山病になりました。高山病って、目眩がして頭が痛くなり、気持ちが悪くなるんですね。最悪でした。食べ物と飲み物は滅茶苦茶高かったので、スイスの人は大変ですねと尋ねると、朝早くからよく働くので収入がいいから大丈夫だと言っていました。また、バス停で出会ったおばあさんの優しさと温もりが、この旅の最大の思い出になりました。フランス、アルジェリア、ベルギー、ニューカレドニアなどのフランス語圏の国を歩くのが好きなので、今度は、モンサンミッシャルでオムレツを食べるの次の目標です。

 「キャプテンパイル工法を使うと、杭は2サイズダウン」をキャッチコピーに頑張りたいと思います。皆様、よろしくお願いします。

2008年6月


思い出の地へ

倉橋 篤,伊藤製鐵所

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 伊藤製鐵所の営業を担当しております倉橋と申します。
 協会の皆様には弊社異形鉄筋「onicon」を日々ご愛顧頂き有難うございます。
 これからも皆様のご要望ご期待に答えられるよう、確かな品質の製品をご提供できるよう努めてまいりますので宜しくお願い申し上げます。     

 さて、実は私、4月の初旬にアメリカ合衆国のロスアンゼルに旅行に行ってまいりました。この街は私にとって学生時代過ごした思い出の街であり、第二の故郷のような場所でありす。
 今回は旅行なのでおもいっきり楽しもうと思ったのですが仕事柄か、ついつい建設中の建物や工事現場に目が行ってしい、妻から仕事は忘れなさいと怒られたりもしました。
 その中で気付いたのですが、ロスアンゼルスは今建設ブームのようで私が学生時代を過ごした数年前と比べるとかなり高層の建物が増えたり、現在も高層ビルの建設があちらこちらで目につきました。ロスアンゼルスは日本程ではないですが、地震が多い地域になるので、耐震設計や、使われている鉄筋、また施工方法など日本との違いを疑問に抱きつつの旅行でした。
ハンバーガーやピザ等の食べ物が日本のとは大きさが全く違うのに比例してか、現場の広さも相当なもので、なにもかもがアメリカンサイズだなと変に納得してしまいました。

 肝心の旅行は天気も良く、ユニバーサルスタジオやディズニーランドな どの観光定番スポットを楽しみ、しかも私が旅行した時期はちょうど円高とかさなり買い物関係も多少特をすることができました。次は何時になるのか分かりませんが、機会があればまた他の国や地域に是非行き、現地の建設状況をもう少し詳しく見たいなと思います。その時は建築物や設計関係も多少勉強してもう少しまともなレポートが書けるように努めたいと思います。

2008年5月

ちょっと昔の話

高橋恵輔,宇部興産

ふわふわオムレツ

 宇部興産の高橋と申します。協会の皆様には弊社「Uグラウト」をご愛顧頂きありがとうございます。昨年秋から検討されたコア定着による引張定着筋の引張試験に実務者として担当させて頂きました。
 
 当コラムでは、私が今の仕事(セメント系建材開発)に就いた経緯についてお話します。まだ仕事について色々語れる歳ではありませんし、3年前まで学生だったわけで、私という人間を知って頂くという題材にはちょうどいいのでは。

 18歳の春、ネーミングゥが好印象という安易な理由で環境工学科に入学。途中コース選択があるのですが(後に重要な分岐点だったことを知る・・・)、
 ①建設都市工学(土木)②海洋船舶工学(造船)③資源工学(採鉱)
 ・シムシティ嫌いです(出来た街をゴジラで壊すのは好きです)
 ・海より山が落ち着きます
採鉱が何かイマイチ把握しないまま資源工学に進む・・・やはり最近はネーミングゥがすべてです。資源工学、聞こえいいですね。いわゆる鉱山です。金やダイヤや石油や石灰石を掘るための学問です。
よく鉱山に実習に行きました。
良かったこと:発破ドカーン、爽快です。
つらかったこと:山奥軟禁、デカイ昆虫、山男・・・etc⇒将来に不安を覚えはじめる。

 そんな気分のまま研究室に配属されましたが建材開発がテーマに。実は料理作り(得意料理はふわふわオムレツ)が趣味なのですが、建材開発と料理作りはよく似ているんです。ベースに何かを足したり引いたり、混ぜ時間(焼き時間)を変えたりといった具合に。テーマを通して、建設業界だけでなく色んな業界の方との出会いもあり、「よし、この道に進もう」と決意した23歳の冬。そんな私は、今年4月に結婚することとなりました。

 そんなこんなで今はセメント系建材を開発する仕事に就き、キャプテンパイル協会との縁で当コラムを書くに至っています。これからもキャプテンパイル協会を通じ色々と勉強させて頂くなかで、キャプテンパイル協会の発展を祈願しつつ、より良く使いやすいセメント系建材の開発に精を出していきたいと思います。

2008年4月

携帯の進歩

西山 吉秀,富士ピー・エス

ついこの間年が明けたと思っていましたが、2008年も、もう3月です。あっという間ですね。時の流れは、自分の年齢を分母にするとどんどん速くなります。思い返せばの1/20歳の頃はもっとゆったりしていたような気がします。ゆえにいろいろと葛藤もあるのかも知れませんが。人生の大先輩に伺ったところ「50歳代に比べても、60歳代はもっと早く、70歳代は比べ物にならないほど早い。ただし80歳代になると時の流れがわからなくなる。」

ともあれ1日1日を大切に過ごしていきたいものです。

話は変わりますが、私も含め大方の人にとって、携帯で使用する機能はもっぱら通話とメールだと思いますが、最近の携帯事情をみると、1台の携帯でできることが非常に増えていてその進歩には驚くばかりです。カメラ、テレビはもとよりおサイフ、定期券なんかはもはや標準搭載です。他にも運転時、車そのものが電波を受信し、ハンドルで電話を受けるなどの操作ができたり、携帯に触らずとも腕時計にメールの内容が映し出されたり、遠隔操作でお風呂を沸かせたり。理論上はあらゆる家電とリンクできるようで、電子機器同士のつながりが充実しています。居場所もすぐに特定され、遊びも制限を受けるようですね?

また1GのマイクロSDカードを使えば、仕事上で必要なデーターはいくらでも持ち運びが可能になるなど、PCとしての機能を相当兼ねてきているように思います。これからも限りなくPCに近づいていき、ゆくゆくはオフィスにPCがなくなり携帯1台あれば充分といった日が来るかもしれませんね。

PCリングも益々の高付加価値、高品質を目指して頑張っていきたいものです。

注)携帯の回し者ではありません。

2008年3月

色彩と建築

加々良昌史,東亜建設工業

柴又山本邸
崎津教会
某民家
石造りの塀

 職業柄なのか、旅行ついでに建築物の写真を撮るのが好きなようで、特に古い建物に惹かれます。古き良き時代からの茅葺屋根や土塗壁、石造りの塀などは苔むして自然な落ち着きを装い、木材も良い感じに黒ずんで素材色が活きています。これらは時代が変わる度に歴史を蓄積し、とても重厚で奥深い風情を醸し出します。また、四季の移り変わりのある日本において、新緑や紅葉、土や空などとも色彩的に調和し、とても綺麗に写ります。

 こういった建築物は、古来からその地にある素材から作られています。元々そこにあるものだから、自然と色彩調和して、土地柄による独自の景観が形成され、それが魅力的に映るのかも知れません。
工業製品が増え、耐久性が上がり、国内どこでも同じ建材が手に入り、いつまでも新品のような建築物が多い現代ですが、自然素材の風化が産み出す独特の質感もまた良いものだと感じるこの頃です。

 さて、弊社でのキャプテンパイル採用は次回未定ですが、今後も案件が継続的に発生するかと思います。その際は、引き続きご指導の程、宜しくお願い申し上げます。

2008年2月



寒い冬を乗り越えて

山際 憲博,福田組

 年が明けて1月,いよいよ本格的な寒い冬の到来となりました。

 皆さんのところでは雪はいかがでしょうか? 東京では1月16日夜に記録的な暖冬となった昨年より59日早く初雪を観測したそうです。
 私は、東京に転勤になり3年目になります。その前は冬の寒さが厳しい新潟で勤務していました。東京の通勤手段は電車ですが、新潟では車通勤であったために冬の天気予報を毎日気にする必要がありました。雪の降りそうな日は早く家を出なければならず、また、路面の凍結時には車の運転に細心の注意を払わなければならずと、雪はあまり有難い存在ではありませんでした。

 雪の存在に最もうんざりさせられたのは、工事現場に勤務していたときのことでした。新潟市内での現場勤務でしたが、その年は例年よりも積雪が多い年だったと思います。深夜に雪が降った翌朝は、まず現場の作業は除雪から始まります。除雪車の手配と雪を運搬するダンプの手配を朝行い、除雪が完了するのは午前10時ころ。ようやく仕事が始められる状況でした。

 新潟の冬と比較し、少し大げさかもしれませんが、東京は天国です。ほぼ毎日が晴天続きで雨も雪もほとんど降りません。話には聞いておりましたが、こんなにも日本海側と太平洋側で天気が異なるのかと驚きました。

 さて、今年はどのような年になるでしょうか。年初より株価急落、原油高などの問題があり、また、建築業界にとっては昨年の建築基準法改正などから建築着工数が激減するなど不安材料が蓄積した状態での年初めとなってしまいました。今年は建設業界の景気動向も一日も早く、曇りから晴れへ転換していくことを期待し、明るい年になって欲しいと考えます。

2008年1月

みちのく探訪

矢島 淳二,東急建設

紅葉の奥入瀬渓流(青森県)
紅葉の奥入瀬渓流(青森県)

 みちのく(道の奥)と呼ばれる東北地方も、新幹線「はやて」号により仙台、盛岡も飛躍的便利になった。街の中心部には高層ビルが建ち、東京で見かける店も増えて地方の独自色はいささか薄れた気はするが、山里の自然はまだまだ健在で毎年必ず訪れてしまう。下り新幹線に乗って左側の席に座ると、男体山、那須岳、安達太良山・・・岩手山、八幡平と途切れることのない奥羽山脈が連なり、晩秋から春にかけては雪をまとって一層際立って見える。奥羽山脈は、日本海溝に沈み込んだ太平洋プレートが地下で溶けてマグマとなり、それが噴出して形成された火山列である。旧火口は水をたたえて田沢湖、十和田湖などのカルデラ湖となり、そこから流れ出た水は渓流や渓谷を形成する。朗々とした山の雄姿に湖や渓谷が変化を与え、春夏秋冬の美しさをみせる。

 山脈の東側は火山フロントにあたり、温泉も列状に点在し、秘湯と呼ばれている温泉も数多い。そこには、山菜や川魚に代表される山の幸と、以外に近い海から採れた新鮮な海の幸がある。地酒があれば申し分ない。

 学生の頃は、時間だけはあったので、JRの周遊券を買って車中泊したり、ユースホステルに泊まったりして、貧乏旅行を楽しんだ。今は時間の方が貴重になってしまったので、新幹線で出掛けて週末の1泊か2泊の小旅行である。それでも、みちのくの大自然にふれて、気持ちも体もリフレッシュして、満腹になって、ちょっと二日酔いぎみになって帰途につく。

 皆さんも、便利になったみちのくに出掛けてみてはいかがでしょうか。

 最後に、弊社は4月よりキャプテンパイル協会の準会員としてお世話になることになりましたが、ようやく採用候補の物件がみつかり実施設計を行っているところです。今後もご指導・ご協力のほど宜しくお願いします。

2007年12月

あなたの近くに緑はありますか? ~緑化の5段?活用~

井上 修,鉄建建設

本社ビル屋上全景
本社ビル屋上全景
ナスたち(夏野菜カレーに貢献しました)
ナスたち(夏野菜カレーに貢献しました)
花たち(屋上の景色が一変しました)
花たち(屋上の景色が一変しました)

 現在、都市部におけるヒートアイランド現象の緩和や自然環境の復元のために、屋上緑化が注目されています。当社でも、平成18年の4月に本社ビルの屋上を改修して屋上庭園(通称:アーバンガーデン)をオープンさせています。菜園コーナーの野菜たちはすくすくと成長し、春から秋にかけて収穫ができます。秋にはたわわに実ったナスやオクラを収穫しました。
 芝生は春から夏にかけて、鮮やかな緑色のじゅうたんとなり、これまで殺風景だった屋上が一転、リラックスできる憩いのスペースに変ります。

 一般的に「緑」は体にいい影響を与えるものとして広く認識されています。
 まず、「緑」が人に与える効果としては「安心感」「やすらぎ」「うるおい」といった精神的効果に代表される通り、リラクゼーションに非常に有効だということがあらゆる研究により分かっています。だからリラックスというと緑をイメージする人が多いのはそういった理由もあるのです。実際に職場でも、パソコンの近くに緑があるかないかで、眼精疲労の度合いが違うそうです。
 ちなみに、緑色というのは色の話でいうと、赤色の捕色(色相環で正反対の色)にあたります。具体的にいうと赤色の近くで最も目立つ色は緑色というわけです。この関係を利用したのが、建物の非常口誘導灯で、火災の際、燃え盛る炎の中でも緑色は目立ち、かつ、気持ちを落ち着かせる効果があるのです。
 地球にやさしい緑化、自分にもやさしい緑化。さあ、あなたの周りに緑を増やしてみてはいかがでしょうか。

《屋上緑化の効果とは》
 ビル等の屋上を緑化することにより、土壌層での断熱作用や植物自体が日光を遮ることで、屋内の温度の上昇が抑制される他、植物の蒸散作用によって、屋外温度の上昇を緩和する効果も期待できます。

2007年11月

最近の話題

田中 広重,大末建設

 10月になり、やっと秋らしくなってきました。今年は夏真盛りの時期だけでなく、残暑も厳しかったので、「昼はエアコン」、「夕刻にはビール」が大活躍でした。(ほんと今年の夏は暑かったですよね)残暑が厳しかったため、例年に比べると紅葉の時期も遅れ、関東では10月下旬から11月に入ってからだそうです。

 さて、少し堅い話になりますが、仕事上での「最近の話題」といえば「建築基準法等の改正施行」についてが大きなところです。ご存知のとおり、6月20日の施行後に「建築確認申請」が滞ってしまい、今尚(停滞が)続いている状況です。「建築確認」の件数を前年同月と比較してみると(国土交通省HPより)、7月が△39.3%、8月が△24.3%と「マイナス成長」になっているそうです。「技術基準解説書」も発行され、確認審査機関は10月から正常化すると言われていますが、我々においては不慣れや戸惑い等々により、設計図書作成業務が正常化するにはもう少し時間が懸かりそうです。

 最後に、当社は4月よりキャプテンパイル協会の準会員としてお世話になることになりましたが、現在のところキャプテンパイルの実績がない現状です。一日でも早く実績を作りたいと思っていますので、ご指導・ご協力のほど宜しくお願いします。

2007年10月

ビリーズブートキャンプ

山口 克彦,淺沼組

 学生の頃は、一応運動部に所属していたもので「メタボリックシンドロームなんて、なるわけないさ」と鷹をくくっておりましたが、日頃の不摂生がたたったせいか最近下っ腹のたるみが気になる歳になってしまいました。

 私も気がつけば30代後半・・・。

 まったくそんな事も気にせず、暴飲暴食をしていた若き日々が懐かしい・・・。

 実際、20代まではどんなに食べても飲んでも太らないので、自分は太らない体質だと思っていたほどです。けれど、本当にズボンがきつい。ベルトを緩めるといった段階を通り越して、ズボンを買い換えるレベル(デッドゾーン)まで達してしまった模様。

 今年の夏はズボンがきついので結局買い換えるはめになりました(トホホ・・・)。

 そんな時期に出会ったのがビリーズブートキャンプでした。
 そもそもは会社の上司がやりだしたのがきっかけです。どうせ長続きしないだろうなと傍観してたのですが、本当に効果があるようで傍から見ている私がびっくりするくらいみるみる体形がかわっていきました。

 これはやってみるしかないなと上司に基礎プログラムのDVDを借りたのがお盆前。

 初めてやってみた人ならわかると思うのですが、これがきつい。基礎の一枚目でさえついていくのがやっとでした。改めて運動不足を実感しました。それと同時にこれなら効果があるなとつくづく思いました。

 あれから、約1ヶ月が経過しようとしています。確かに筋肉がついてきたのは分かるけれど目に見えるほどの効果は現れていません。それはビリー後のお酒が原因なのでしょうか・・・?(体を動かして、汗をかいた後はうまいんですよね。)

 最近は夕食後の家族の日課になっているようで、2歳の長男に「今日はビリーやるの?」とせがまれるようになりました。長男のスクワットもさまになってきました。妻は妻ではまったらしく、お隣から借りて応用編まで入手している上、バンドまで用意しておりました。

 もうしばらくすると妹の結婚式があります。
 礼服がきついのもみっともないのでまだまだ続けます。(One more time!)
 
 4月からキャプテンパイル協会の準会員として仲間入りをさせて頂いておりますが、当社としてはいまだにキャプテンパイルの実績がないのが現状です。メンバーの中で実績がないのは当社のみなので非常に肩身の狭い思いをしております。協会の各部会に参加し、来るべきとき(いつのなるのだろうか・・・?)に備えて、キャプテンパイル工法の技術を学んで、実施工の時には協会の足手まといにならないように頑張っていきたいなと考えております。

2007年9月

またしても・・・

鳥羽 寛,植木組

設計部出入口から
設計部出入口から
当社隣の某酒造の倒壊
当社隣の某酒造の倒壊

 7/16日(海の日)、私と同僚2人は、休日出勤のため出社していました。会社は新潟県柏崎市の中心部に位置します。AM10:13分。 突然襲ってきた大きな揺れ。「地震だ!デカイぞ!早く机の下に入れ!」凄まじい揺れと、棚などが倒れる音。何十秒か不明ですが暫くして揺れがおさまり、「おい!生きてるか?とにかく外に出るぞ!!」足の踏み場も無いほど机、棚が転倒し、出口を塞いでいました。なんとか外に脱出。外は土煙で真っ白になっていました。「どこか倒壊したな..」私たちは、とにもかくにもそれぞれの家に向かいました。帰路の光景もすごいもので、木造家屋の倒壊、道路の地割れ、などが数多く見受けられました。幸いなことに、設計部社員と家族も全員怪我も無く済みました。(家の被害は全壊から無傷までと様々ですが)
 
 2004年の中越地震では、柏崎は震度Ⅴ弱。 今回はⅥ強の揺れ。本当に比べものにならない揺れでした。(当然被害も比べものにならないほど甚大です。)

 今回の中越沖地震の被害状況や発生メカニズム等は、ニュースやインターネットで多くの情報が提供されていますので詳細は省略しますが、建築物の被害の特徴としては、古い木造家屋の倒壊、地盤の液状化による建物の傾斜、切土上の盛土の滑りによる建物の傾斜、等、表層地盤の変形による建築物の被害が多いと感じます。非木造建築物については、倒壊などの大きな被害は見られていませんが、今後、様々な状況が判ってくると思います。 

 また、生活に欠かすことのできない道路やライフラインの復旧も全国から専門業者が応援に入り連日連夜作業をおこなっています。自衛隊やボランティアの人々の活動も被災者にとって大変有り難く感謝の気持ちで一杯だと思います。
 
 わずか3年も経たないうちに、同じ新潟県中越地域で2回も激震(烈震)に見舞われるとは夢にも思いませんでした。今後は、地震に対する備えを十分にしていくつもりです。

 最後に、4月からキャプテンパイル協会の準会員として仲間入りをさせて頂いておりますが、足手まといにならない様に頑張って行きたいと思います。

2007年8月

ホノルルを目指して

西村 憲義,三井住友建設

完走証

 やせ型のためか水に浮きづらく泳ぐことは苦手でしたが、走ることは学生時代から卓球部のトレーニングで、ある程度の自信がありました。しかし、20年以上前に会社の先輩から相模湖ピクニックランドマラソン大会という市民マラソンに誘われ、軽い気持ちで参加したところ、その結果は最後尾グループで、やっと完走という悲惨なものでした。それ以来、休日に自宅の近くを走って体力の維持と健康管理に努めていましたが、最近何か物足りなさを感じていました。その矢先、ホノルルマラソンに参加した人から、そのコースの景色、仲間、そして何よりも完走した時の充実感を聞き、自分もチャレンジしたいと思うようになったのです。

 「ホノルルマラソン」はニューヨークシティマラソン、ロンドンマラソンと並び世界三大市民マラソンの一つと称され、毎年12月の第2日曜日に開催されています。この歴史は1973年に167名の参加者で始まり、そのときに1人の医師が心臓障害者のランニングの指導を行っており、彼の指導と大会が一体化したことにより年々発展していき、昨年の参加ランナーは28,635人まで増えています。

 今年はすでに大会まで6ヶ月足らずとなってしまったことでもあり、来年には子供と一緒に参加し、4時間台で完走することを目標としてチャレンジするつもりです。

 キャプテンパイル協会は準会員も加わり、工法の改善と普及を図ることを目的として活動が行われていますが、マラソンと同じように、地道に続けていきたいと考えています。

2007年7月

当社の沿革について

大西和彦,松井建設

本願寺築地別院
本願寺築地別院立面図

 5月17日キャプテンパイル協会設立後初めての総会が開催されました。私も監査人として出席でき、無事総会を修了する事ができました。
 本年4月には7社の準会員が協会に参画し総勢18社となり、今後ますます協会が発展し杭頭半固定工法といえばキャプテンパイル工法と認知される日も近いのではないかと思っています。

 さて本日は松井建設の沿革を書いてみたいと思います。
 松井建設は現在の富山県東砺波郡井波町が発祥の地で、豊臣秀吉が天下を平定した直後の天正14年(1586年)井波大工として加賀藩主前田利長の命で越中守山城の普請を松井角右衛門(初代)が従事したのが起源とされており、守山城普請後8年目に恩賞として屋敷を賜ったと言う古文書があるそうです。当社の名刺にはこの創業1586年が印刷されています。(ちなみに現在の社長松井隆弘氏は17代目にあたります。)
 さらに遡れば井波大工は大方が飛騨地方の出身だそうで「古今物語」の中にも飛騨の工匠は類希なる者と言う一節があるそうです。現存する富山県指定文化財の瑞泉寺は8代から14代まで取り組み当時の記録が多数あります。
 大正12年松井組東京出張所開設、昭和14年株式会社松井組となり当時の代表的施工物件としては伊藤忠太先生の設計になる「本願寺築地別院」が昭和6年に再建工事が始まり同9年に完成しております。
 当時の工事概要書によれば構造は「地下8尺ヲ総掘シ各柱下鐵筋コンクリート杭長サ18尺ヲ打込ミ岩盤ニ達セシメ、其ノ上ニ鐵筋コンクリートノ基礎ヲ築造シ繋梁ヲ連結ス」また主体構造は「本堂及両塔屋並ニ大会議室ハ鐵骨鐵筋コンクリート造ニシテ他ハ鐵筋コンクリート造トス」と記載されており当時の様子が偲ばれます。また戦後、昭和23年社名を現在の「松井建設株式会社」と改めました。
 以上が松井建設のおおまかな沿革です。

展示室

 尚、古文書、資料、当時の施工写真等は当社4階に展示室があり公開しております。現在他社と違うのは昭和28年に設置された社寺建築部が本社内にあり、寺院、神社の伝統建築様式にあつた設計を専門に行っている部門がある事で、社寺専門の原寸場もあります。「社寺の松井」として421年の歴史がありますが現在は一般建築が主体となっております。
 今後とも当社をよろしくお願いいたします。

 かたい話を書いてしまいすみません。今年は協会として施工実績500本を目指し頑張りましょう。

2007年6月

個性豊かな人たちに囲まれて

山浦 一郎,五洋建設

臨時総会に集合した個性豊かな人たち
臨時総会に集合した個性豊かな人たち

 何度か取り上げられていますが、本協会は開発に従事したゼネコン9社とメーカ1社の共同研究会を発展的に解消して立ち上げた集まりです。今、思い出してみますと、共研参加を決意したのは、「分担金さえ支払えば半固定を保有できますよ」との呼び込み(現某協会事務局長)の甘いささやきでした。

 少数精鋭(響きのみ)にて開発に従事している当社にとって、それは魅力のあるフレーズであり、最低でも5~6社は集まりそうとの言葉に、適度に力を抜いてもやっていけると確信し、「参加します」と即応してしまいました。

 ところが、共研設立準備会に集まった時点で既に呼び込みの話とは趣を異にしており、WGを形成して各社相応に働いてもらいますとの主催者(現某協会会長)の強烈なセリフが出てくるし、熱の入った質疑(現某協会某部会長のPCリングは必要ですか)とその応答(それがこの工法の根幹だ)が交わされ、のんびりと構えていた私は、この研究会(船)は進水可能なのかと少し不安を持ったものでした。

 ところが、ふたを開ければ、船長と呼び込み転じた水先案内人および航海士の面々が一致団結して、それぞれの個性を遺憾なく発揮(本当に他社同士の集まりかと思うほど、何に付け議論は白熱しましたが)したことにより、短時間で相応の成果を果たすことができました。

 これも一重に、WGや全体会後の潤滑油の注入(夜の定例、以下定例。)が果たした役割は大きく、その伝統は協会にも引き継がれました。この4月より準会員を7社迎えています。3月の入会ガイダンス後に早速、ガソリンスタンド(某会社の社員ラウンジ)での定例を行いましたが、潤滑油が廻るとともに、「お主も相当なものよ」と実感できた集まりでした。加えて、4月中旬には準会員のお披露目を兼ねた臨時総会を行い(その際は皆様よそ行きの振る舞いでしたが)、下旬には準会員へ向けた工法説明会を開催した上での定例を行っています。

 皆様、人の本質は夜に分かると申します。末永くお付き合いする上でも、今後とも定例への参加、よろしくお願いいたします。

2007年5月

祝一周年 ~出る杭へ更に飛躍を~

魚住 正志,長谷工コ-ポレ-ション,キャプテンパイル協会副会長

理事会風景
理事会風景

 2006年4月、杭頭半固定接合法の開発に携わった10社で「キャプテンパイル協会」の設立総会が開催され、発足致しました。その後、会員各社で採用促進を図ると共に、技術水準の向上や情報交流等の諸活動を開始して、この度1周年を迎えることとなりました。

 また、本年4月には新たに準会員7社が参画する事となり、「キャプテンパイル工法」のますますの普及が期待されています。

 本協会は、理事会のもと施工指導・協力を行う「施工部会」、設計指導・支援を行う「技術部会」、技術向上策立案と普及・発展広報活動を行う「企画部会」の3部会を中核として、対外窓口、内部調整を行う「事務局」と連携を図り、積極的な活動を行っています。

 具体的成果として、すでに施工実績は20件であり、また会員から改善点等フィ-ドバック項目の提案が出されるなど、常に技術の向上に取り組んでおります。なお、詳しくは協会ホ-ムページの「キャプテン工法技術情報」等をご参照願います。

 さて本年度は、協会発足2年目となりますが、まだまだ厳しい状況は続くものと思われます。会員各社の力を結集して「キャプテンパイル工法」の普及促進に努め、杭頭半固定接合法のスタンダ-ド工法となるべく、文字通り『出る杭へ向け更に飛躍』を合言葉に、決意新たに一層の努力をしていく所存であります。皆様のご支援・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

2007年4月

咲いた咲いたチューリップ

吉川 清峰,飛島建設

シンゲルの花市
2006年12月23日
2007年3月6日
2006年4月9日

 本日桜の開花予想も発表され、春の到来が待ち遠しい季節となりました。桜に限らず、春の花々の開花準備も着々と進んでいます。チューリップは桜と同じくこれからの季節に楽しめる花ですが、芽が出るのはいつ頃かご存じですか。

 お花屋さんの店先には1月でもつぼみを付けた鉢が並んでいますが、これらは露地物ではないので実際の季節感とはずれがあるようです。

 2005年の夏に北欧を旅したときに降機したのがアムステルダムでした。オランダと言って思い浮かべるのは風車とチューリップでしょう。アムステルダムには半日しか滞在しませんでしたが、シンゲルの花市というところでチューリップの球根を買いました。ここは食べ物以外のお土産は一通り揃っているのですが、メインはやはり花関係、中でもチューリップの球根です。まるでジャガイモを売るがごとく山積みになって売られていました。先の行程が長かったので10コ入り1袋(3.5ユーロ)だけにしました。

 帰国後、時期を見てプランターに6コ、庭の地面に4コ植えました。

 チューリップの芽は、春の訪れとともにどころか、これからが冬本番の12月の中旬に出てきました。写真は12月23日のものです。力強く土を押し上げています。そして3月6日現在の姿です。こうなってくると立派な花を咲かせるのはほぼ確実な気がしてきます。最後は昨年4月9日のものです。今年もあと1ヶ月後にはこのような花を咲かせてくれるでしょう。今の様子からすると昨年以上になるのではと期待をしています。

 さて、咲き終わってしばらくすると枯れてしまうわけですが、その後はどうなるのでしょう。枯れてしまったチューリップのその後なんて普通誰も興味ありませんよね。その後チューリップは、葉や茎にある養分を球根に戻し、来年のために再び球根に蓄えるのだそうです。だから枯れた葉や茎は取り除いたりせずに、そのままにしておかなければならないそうです。

 これからが冬という寒いさなかにも、人々が関心を示さなくなった後にも、見えないところでしっかり仕事をしているんですね。

 人は地面の上の華やかな部分だけに関心を持ち評価しがちですが、それを可能にしている本質は地面の下にこそあると教えられました。

2007年3月

家族旅行

秦 雅史,奥村組

 今年は暖冬のためスキー場は雪不足だそうです。雪については13年前、家族で行った旅行のことを思い出します。自分は九州育ちで子供の頃からスキー経験はあまりなく、会社の先輩と遊んだ程度です。地元の子供が自由に遊んでいるのを見て、子供にはスキーの楽しみを知って欲しいので、草津などに子供が小学生になる前から行っていました。この年はマイカーで福島の猪苗代湖に行きました。スキーを楽しんで帰路に着いて、しばらくして、凍った湖面上の新雪が風で飛ばされる地吹雪になりました。これは降る雪ではなく、横なぐりの嵐のようでした。そのうちワイパーが凍りつき、フロントグラスが見えなくなり、車が前進も後退も出来なくなりました。1人で運転していたら遭難していたかもしれません。この時、妻が車外に出てフロントガラスを雪掻きし、やっと前が見え、この嵐を脱出できました。雪国では色々なことがあるものだと思いました。今では家族の貴重な「思い出」となっています。

2007年2月

掛替えの無い家族

伊勢本昇昭,戸田建設

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 少子高齢化に歯止めがかからない時代にあって,ペットの数は着実に右肩上りの伸びを示しているそうですが,我が家でも多分にもれず,ロングコートチワワ(名前:マメ,5歳,オス)を飼っています。ウイークデイの朝は,一番に起きる私を廊下で待っており,洗面,食事,着替えの間中,私の傍に控えており,会社に出かける私を玄関まで見送ってくれます。帰宅時にも,EVから歩く靴音に反応して玄関まで出迎えてくれ,着替えの間中嬉しそうに尻尾を振りながら,私の周りを走り回っています。そんなマメが何とも言えず可愛いらしく,子供たちが社会人になって親離れした今,掛替えのない家族として,一緒に生活しています。最近は,出張や旅行で留守にすると,子供のことは思い出さなくてもマメのことは寂しがっていないかなとついつい心配してしまいます。孫はまだいませんが,孫に対する想いも同じようなものでしょうか。子供さんが成人された方は特に,ペットを飼うことをご検討されてはいかがですか。癒されますよ。

 最後に,本業について一言申し上げます。キャプテンパイル協会では,CTP工法の普及と技術の更なるスキルアップを目指して活動を行っています。CTP工法がコストメリットを発揮する条件を整理しますと,①支持層の深度がある程度深いこと(20m以上が望ましい),②杭頭部の地盤がある程度軟弱で,杭の断面が軸力で決まらないこと(軟弱すぎる場合や液状化地盤は要注意),③地震時の変動軸力が大き過ぎないこと,というようなことになります。是非一度採用を検討していただき,その素晴しさを私共と共有していただくことを希望しています。協会では,そのためのできる限りのご協力をお約束いたします。

2007年1月

師走といえば、、、

新井寿昭,西松建設

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キャプテンパイル工法の開発から参加させて頂き、感謝致しております。12月の担当を仰せつかり、何を書こうか迷いましたが、私の今を支えている大学時代について主に紹介したいと思います。

その前に、11月下旬に千葉県の養老渓谷に行ってきましたので、その時の写真を掲載します。紅葉狩りのピークには少し早かったようですが、天気が良かったせいもあり、非常に賑っていました。あまりゆっくりする時間はなかったのですが、師走前の自然の美しさを感じることができました。

最近になってようやく写真のような自然の美しさで季節を感じるようになりましたが、以前は季節といえばいろいろなイベントしか頭になかったように思います。
高校は男子校でしたので、普段女性と話すことも皆無でした。そんなこともあり、大学進学にあたって、漠然と建築方面に進みたいと考えていた一方で、高校時代には出来なかったクリスマスパーティ-やスキーなどの楽しいイベントで1年を過ごせたらいいな、と考えていました。

大学入学後も、毎日授業、理工学部のせいか周りはほとんど男子学生ばかり、という高校時代とほとんど変わらない環境でした。ちょうど自動車学校に通い始めていた時期で面白いと感じていたため自動車関係の“部”に入部したことが、大学時代の生活環境を決定づけました。部員は男性ばかり、服や美味しい食べ物、楽しいイベントにお金を使うようなことはせずに、お金は車のガソリン代や部品代、走行会代(ラリーのようなもの)等のために使うというようなストイックな集団でした。いつの間にかそのようなストイックな環境に馴染んでしまい、不思議と部活動の無い日でも自然と部室に足が向き、ますます男くさい生活にはまっていきました。
最近でこそ、車の整備はプロに任せていますが、その当時は簡単な整備であれば自分達で行うのが常でした。といっても学生が乗る車ですから古い車ばかりです。また、マニュアル以外は車とは認めないという変なポリシーがあり、今でもマニュアル車に乗っています。当時、友人の一人の車は古いうえに、少しでも軽量化するために内装を全部剥がしていました。窓を閉めているにもかかわらず風が入ってくるので、夏は良いのですが、真冬でもガソリンや電気を余計に消費するからということで暖房を入れてくれません。とても寒くて助手席には乗れませんでした。

大学3年生の終わりで卒部し、研究室に所属しても劇的に環境が変わるわけでもなく、時々部活には顔を出し、一方では杭と地盤に関する研究に邁進?し、相変わらず季節を感じる暇のない生活が続きました。
そんな大学時代の部活動や研究室の活動を通して社会の厳しさ、礼儀等々、現在の業務の基礎知識を学ぶことができましたが、結局思い描いていたような楽しいイベントは実現しませんでした。男同士でいくらスキーに行っても、それはそれ、思い描いていたものとは異なります。しかもスキーに行っているはずなのに、いつの間にか雪上ラリーです。

そんな私でも、キャプテンパイル工法開発中の師走の時期に遅ればせながら結婚しました。独身時代と感じ方は大分異なるのでしょうが、結婚後はささやかながら以前思い描いていたイベントは実現しました。しかし一方では、マニュアル車のポリシーは崩れかけています。
結婚を機に散歩する機会が増えたせいか、周囲の自然が目に入るようになり、その自然の美しさで季節を感じるようになりました。結婚に際しては沢山の方に大変お世話になり、感謝致しております。

今月は師走で、忘年会と称してお酒を飲む機会が増えます。結婚してからも、ついつい飲みすぎてしまうことが多々あります。最近、ふとしたきっかけで昔の佐賀鍋島藩に興味を持ち、「葉隠」を読んでいるのですが、その中にもお酒に関する教訓が書かれており、師走でもありますので改めて戒めたいと考えています。時代、風土は違うものの、その他にも非常に参考になる教訓が多く書かれており、学ぶべきことはまだまだ沢山あるものだと感じます。

キャプテンパイル工法は時代、地域を問わずに適用できるすばらしい工法と考えています。今後も、このようなキャプテンパイル工法の普及に努めていきたいと考えています。

2006年12月

私が建築学科に進んだのは・・・

村田義行,高周波熱錬

 キャプテンパイル工法の開発では、設計の重要な部分を担当させて頂き感謝しております。ということで「杭の設計用応力について最近思うこと」あたりを書こうかと思いましたが、話が硬すぎるとのご指摘もあり、大学で建築学科に進んだいきさつを紹介したいと思います。

 高校では文系でした。そんなこともあり、数学は数Ⅰまで、化学は化学Ⅰまでしか教わってなく、物理に至ってはまったく知りません。現在、困っていませんので、建築系の仕事をするうえでは「足し算、引き算、掛け算、割り算」ができればいいのでしょう。

 大学受験のときには、理工系を受験するにあたり受験科目に物理がない学部や学科を一応探した覚えがあります。そもそも、受験勉強はしておりませんので科目はどうでも良かったのですが・・・。
 あまつさえ、入試のときの予定では化学学科に○をすべきところ、建築学科に○をしてしまったようで、合格通知は建築学科でした。なんと奇跡的に合格していました!

 そうそう、この試験があった日は2月9日で日航機逆噴射事故「機長!やめてください!」がありました。初めて痴漢に遭ったのもこの日でした。帰りの日暮里駅あたりで。60歳くらいのおじさんに下腹部を触られました。「おじさん!やめてください!」

 受験ツアーでは東京で大学に通っていた従兄弟のところにお邪魔しました。従兄弟は夜帰ってこないやら、従兄弟がいないときに彼女から電話が掛かってきて帰ってこない訳を取り繕ったりやらと大変でした。
 こんなこともありました。ある大学の受験日のこと、この日は従兄弟は帰ってきていたのですが、二人とも寝坊し、受験に30分くらい遅刻してしまいました。遅刻すると対応が良いもので係りの人が焦って席まで先導してくれました。「もうちょっとゆっくり歩いてください!」 結果は合格!マークシート恐るべし!(建築学科ではありません)

 国立大学は農学部を受験しました。受験のころは既に自動車教習所(未公認)に通っていました。教習所を休んで受験しに行ったような感じです。
 ちなみに車の運転は教習所に通う前から割と上手く、未公認ということもあり、自分が練習しながら女の子に教えたりもしていました。教習所に通ったのは10日くらいです。後は、路上運転の同乗指導者を父親にするなど書類を作成し、警察で直接試験を受けて免許を取りました。免許取り消しになったおじさんたちに混じって。
 この受験(運転試験ではありません)のときにもおもしろいことがいろいろとありました。その一部を紹介します。
 試験1日目が終わりちょっと観光して旅館に戻ると、他の受験生は部屋に戻って勉強しているらしく夕食を終えていました。食事をする部屋は200~300人の大広間で、隅のほうに仲居さんが15人くらい座っていました。その大広間のど真ん中で仲居さんたちの監視のもと、たった一人で優雅に食事をしていると、もう一人遅れてきた受験生がきて私の隣りに座りました。
 そいつが魚がいらないからと、私に勧めてくれたのですが、私がそいつの魚を奪ったように見えたのでしょう。仲居さんがおもむろに寄ってきて「それは、こちらの方の分ですよ!」ですって。最終日にはバスに乗って市内観光などをし、充実した受験旅行は終わりました。結果、奇跡は起こりませんでした。

 まぁ、いろいろとあり、奇跡はいくつか起きたのですが、最初に入学手続き金を納めたその建築学科で「まぁいいか」ということで落ち着きました。これが今ここにいる最大の分岐点だったように思います。
 ともあれ今はキャプテンパイル工法の普及に邁進しております。

2006年11月

Let’s begin with us

吉松 敏行,鹿島建設,キャプテンパイル協会会長

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ようこそ、「cepia」のH.Pにアクセス、有り難うございます。
今日から、皆様とCTP協会のお付き合いが、スタ-トします。
「キャプテンパイル工法」を、まず、皆様に、分かっていただくこと、そして、興味を持っていただいたなら、検討、採用へと是非、お進み下さい。
場所打ち杭用の「杭頭半固定工法」として、キャプテンパイル工法は、必ず、皆様のご期待にお応えできるものと確信しております。
CTP協会は、誠心誠意、皆様とともに、本工法の普及展開を目指してまいります。
さあ、皆様の手で、HPの扉を開き、新しい発見を。

2006年10月