当社の沿革について

大西和彦,松井建設

本願寺築地別院
本願寺築地別院立面図

 5月17日キャプテンパイル協会設立後初めての総会が開催されました。私も監査人として出席でき、無事総会を修了する事ができました。
 本年4月には7社の準会員が協会に参画し総勢18社となり、今後ますます協会が発展し杭頭半固定工法といえばキャプテンパイル工法と認知される日も近いのではないかと思っています。

 さて本日は松井建設の沿革を書いてみたいと思います。
 松井建設は現在の富山県東砺波郡井波町が発祥の地で、豊臣秀吉が天下を平定した直後の天正14年(1586年)井波大工として加賀藩主前田利長の命で越中守山城の普請を松井角右衛門(初代)が従事したのが起源とされており、守山城普請後8年目に恩賞として屋敷を賜ったと言う古文書があるそうです。当社の名刺にはこの創業1586年が印刷されています。(ちなみに現在の社長松井隆弘氏は17代目にあたります。)
 さらに遡れば井波大工は大方が飛騨地方の出身だそうで「古今物語」の中にも飛騨の工匠は類希なる者と言う一節があるそうです。現存する富山県指定文化財の瑞泉寺は8代から14代まで取り組み当時の記録が多数あります。
 大正12年松井組東京出張所開設、昭和14年株式会社松井組となり当時の代表的施工物件としては伊藤忠太先生の設計になる「本願寺築地別院」が昭和6年に再建工事が始まり同9年に完成しております。
 当時の工事概要書によれば構造は「地下8尺ヲ総掘シ各柱下鐵筋コンクリート杭長サ18尺ヲ打込ミ岩盤ニ達セシメ、其ノ上ニ鐵筋コンクリートノ基礎ヲ築造シ繋梁ヲ連結ス」また主体構造は「本堂及両塔屋並ニ大会議室ハ鐵骨鐵筋コンクリート造ニシテ他ハ鐵筋コンクリート造トス」と記載されており当時の様子が偲ばれます。また戦後、昭和23年社名を現在の「松井建設株式会社」と改めました。
 以上が松井建設のおおまかな沿革です。

展示室

 尚、古文書、資料、当時の施工写真等は当社4階に展示室があり公開しております。現在他社と違うのは昭和28年に設置された社寺建築部が本社内にあり、寺院、神社の伝統建築様式にあつた設計を専門に行っている部門がある事で、社寺専門の原寸場もあります。「社寺の松井」として421年の歴史がありますが現在は一般建築が主体となっております。
 今後とも当社をよろしくお願いいたします。

 かたい話を書いてしまいすみません。今年は協会として施工実績500本を目指し頑張りましょう。

2007年6月